人を見る目が変わります

私たちは脳の反射にほとんど支配されているという状態で生きています。

「自分の言動は自分で客観的に考えて出した結論に従ったものだ」

というような考え方をしてはみても…

「意志・判断のプロセスのうち、自分で意識できるのは5パーセント」

というのが現実だそうです。それが脳科学(ニューロサイエンス)でわかってきていることなのだそうです。

たとえば、自分が「黒」だと信じていることに対して、「いえいえ、それは白なんですよ。理由もちゃんと論理的に説明できるんですよ」と説得されたとしても、自分の信じていることというのはなかなか覆りません。

私たちの脳は、私たちの無意識のうちに、「こうだ!」という決定を下してしまっていて、それがなぜそうなのかというプロセスについては、自分でもなかなか意識することができないんです。

たまに東京へ行って、ものすごい人混みの中に揉まれていると、行き交う人々の表情、態度、歩き方、話し方などが、人ぞれぞれに個性があって楽しいものですが、そんな人々の言動というものは、人それぞれが無意識のうちに見せてくれる言動です。

幸せな人ばかりなら良いのですが、おそらくは不幸だと感じている人もいます。さらに悪い場合には電車に身投げをして死んでしまう人もいます。

私たちは自分の言動を合理的なものにしたり、理想的なものにしたりすることが決して得意ではないんです。

それどころか、脳は私たちの無意識のうちに私たちの意識を支配します。

意識というのが私たちそのものですから、私たち存在は、脳に支配されて生きていることになります。

いくら脳に支配されたとしても、幸せに生きることさえできていれば何も問題ないんですが、脳に支配されることによって不幸な状態がますます悪くなるということも少なくありません。

悪い状態を良い状態に変えていく──。

なんとしてもそれを実現させたいわけです。

実現させるためには、脳に支配されたまま、つまり、脳の反射にまかせたままで生きるところから、ちょっとでもましな状態に変えていかなければなりません。

A思考ができるようになってくると、それが変わってきます。

そしてさらに、人を見る目も変わります。

脳の反射によって生きている人たちが、愛おしい存在に見えてくるんです。

Akira Okitsu
1960年6月静岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。語学教育と教員指導の経験から、脳科学・心理学・言語学からなる認知科学の研究を始め、1994年言語学専門誌『言語』(大修館書店)にて、無意識下で「(見え)る/(見え)た」などの語形を決定する認識の根本原理の存在を言語学史上初めて指摘する。認知科学の知見を実用化して、アンガーマネジメント・メンタルトレーニングプログラムの開発、観光振興関連コンテンツの開発を行っている。アドマック株式会社代表。日本認知科学会会員。 【著書・著作】 ■『日本語入門 The Primer of Japanese』(1993年富士国際日本語学院・日本語ブックセンター創学社) ■『新しい日本語文法』(大修館書店『言語』1994年12月号) ■『夢色葉歌 ─ みんなが知りたかったパングラムの全て』(1998年新風舎出版賞受賞) ■『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(2011年〜2012年SBS静岡放送ラジオ) ■『パーミストリー ─ 人を生かす意志の話』(2013年アドマック出版) ■『日本語の迷信、日本語の真実 ─ 本当の意味は主観にあった』(2013年アドマック出版) ■『余ハ此處ニ居ル ─ 家康公は久能にあり』(2019年静岡新聞社)

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