子育てのためのプライベートセッション

マインドフルネス、プライベートセッションを準備中です。

まずは子育て中の皆さんのために、子育てでの決定的な失敗をしないための、とても大事なアドバイスと、自分をコントロールするエクササイズをご提案していきたいと考えています。

私ども夫婦も、三人の子育てに悪戦苦闘してきた経験がありますが、子育て中の親御さんというのは、誰もがみな子育てのベテランなどではありません。

子供がただ卒業した成人したというだけでなく、精神的にも経済的にも完全に親離れし、親もまた子離れをして、やっとなんとか子育ての一通りの経験をしたことになるからです。

親離れ子離れといっても、実はまだそれで親子関係が終わるわけもありません。親子であることは、ずっと変わらず続いていくものですし、子はピンチに立たされてまた親を頼り、親がピンチになって子を頼るということもあるでしょう。

是非確かにしていきたいのは、親子の信頼関係です。

兄弟よりも強い絆をもつのが親子ですから、親は子供にとっての「最低限の理解者」あるいは「最悪の場合に命綱となる保険としての理解者」でありたいもの。

私たち人間は、理解者がないと生きられません。

おぎゃあと生まれた時から、自分の親(または親代わりの大人)を最初で唯一の理解者として頼って育ちます。

親離れするというのは、親以外に最良の理解者が得られる可能性を見出してのことになります。それが配偶者であることが理想ですが、そんな機会がないという場合にも、配偶者以外、親以外のところで、なんとしても理解者を得なければ生きていくことができません。

理解者は、精神的な居場所です。

居場所なしには、私たちは生きられないのです。

そのような、人間として生きていく上で、しっかりと確認しておきたい「当たり前の事実」というものを認識していただくところから、このセッションは始まります。

つまり、親となった以上は、子供にとっての最良の理解者になるべく、ひたすら努力するしかないステップに立たされたということです。それが親の責任です。

ところが、この世界には、親としての責任よりも、子供に対する要求の方を優先させてしまっている親も少なくありません。

赤貧から一族で這い上がらなければならないという、重い使命を負っているということなら、子供に厳しく接するだけだとしても仕方ないということになるかもしれませんが、現代の日本は、幸いそのような暗く苦しい時代ではありません。

子供に厳しくするばかりなどというのは、実は最悪の時代錯誤なんですね。

どうか、理解者になり、理解者でありつづけていただきたいと思います。

それ以外の諸々の問題は、親という理解者がいる子どもたち自らが、きっと解決してくれるはずです。

Akira Okitsu
1960年6月静岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。語学教育と教員指導の経験から、脳科学・心理学・言語学からなる認知科学の研究を始め、1994年言語学専門誌『言語』(大修館書店)にて、無意識下で「(見え)る/(見え)た」などの語形を決定する認識の根本原理の存在を言語学史上初めて指摘する。認知科学の知見を実用化して、アンガーマネジメント・メンタルトレーニングプログラムの開発、観光振興関連コンテンツの開発を行っている。アドマック株式会社代表。日本認知科学会会員。 【著書・著作】 ■『日本語入門 The Primer of Japanese』(1993年富士国際日本語学院・日本語ブックセンター創学社) ■『新しい日本語文法』(大修館書店『言語』1994年12月号) ■『夢色葉歌 ─ みんなが知りたかったパングラムの全て』(1998年新風舎出版賞受賞) ■『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(2011年〜2012年SBS静岡放送ラジオ) ■『パーミストリー ─ 人を生かす意志の話』(2013年アドマック出版) ■『日本語の迷信、日本語の真実 ─ 本当の意味は主観にあった』(2013年アドマック出版) ■『余ハ此處ニ居ル ─ 家康公は久能にあり』(2019年静岡新聞社)

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