プロなら想定内。

私たちには、良い気分のとき、悪い気分のとき、両方あります。

両方あるのが普通のことなんですが、勘違いしている人も多いようです。

勘違いというのは、「常に良い気分であるべきだ!」と考えることです。

この考えというのを言いかえれば、「理想こそ正常」と考えることです。「理想」はあくまでも「理想」であって、それが「現実」になるとは限りません。

特に自分の「気分」については、「常に理想の状態」というは不可能です。

もしそういう人がいたら、きっと脳の機能が正常ではなくなっているということでしょうから、「理想だったら異常」ということになります。

 

【たとえば車の運転】

スイスイ走るのが「理想」です。

しかし現実には、たまにスイスイ、ほとんどノロノロ。

ノロノロの車が前にいて・・・

「理想をじゃまされた!」
「免許持ってんのか?」
「ありえねー!」
「ふざけんな!」

・・・これであおり運転をすることになります。

 

【たとえばイヤなことを言われること】

いつも自分を良い気分にしてくれる言葉だけかけてもらうのが「理想」です。

しかし現実には、イヤな言葉もかけられてしまいます。

イヤなことを言われて・・・

「なに様のつもり?」
「自分のどこに非があるっていうの?」
「そっちこそ最低でしょ!」
「ふざけんな!」

・・・これで相手を憎むことになります。

 

【どっちも普通】

ノロノロ走らされることも、イヤなことを言われることも、どっちも普通のことです。

それで気分が悪くなることも、すごくすごぉーく、普通のことなんです。

普通のことですから、異常なことでもなければ、ましてや許せないことでもありません。

 

【想定内】

なんでも「想定内」にしておきましょう。

たとえばスピード違反の取締をする警察官は、止めた車の運転手から罵声を浴びることがあります。

「なんでおれだけ捕まえるんだよ!」
「他にいくらでも悪いやつがいるだろう!」
「そんなに暇なのか!」
「お前ら誰の税金で飯が食えてるんだ!」

・・・こんなことを言われても、プロの警察官なら怒りません。

「想定内」だからですね。

そんな罵詈雑言も「想定内」と考えられるように、訓練したり、準備したりしているプロだからです。

 

【プロを目ざす】

私たちにも、「訓練」や「準備」は可能です。

いろんなことを「想定内」とすることができるんです。

たとえば、前にノロノロの車がいること。

たとえば、気分が悪くなることを人から言われること。

気分は良いときもあれば、悪いときもあるということ。

これを「想定内」にしておきましょう。

イヤな気分になることを「想定内」として、普通の人ならアタマに来てしまうようなときでも

「想定内だから大丈夫♪」

と思えたら、そのときあなたはプロになっています。

 

【プロへの道】

もちろん、想定できていなかったいろんな局面はキリなくありますから、全てにおいてプロになるのは並大抵ではありません。

それでも、コツコツとプロを目ざしましょう。

一度アタマに来たことで、二度めはアタマに来ないようにする。

「一度めのイヤな思い」から、「想定できていなかった」という反省をするわけです。

そして以後は「想定内」となるようにする。それがプロになる道です。

実は皆さんも、仕事面ではすでにこれをやっているはずです。

ちゃんとこれができているなら、あなたもその道のプロなんです。

同じように、自分の家族に対して、自分の奥さんや旦那さんに対して、自分の子供に対して、ありとあらゆることが「想定内」になってくれば、あなたは「生き方のプロ」になれるというわけです。

Akira Okitsu
1960年6月静岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。語学教育と教員指導の経験から、脳科学・心理学・言語学からなる認知科学の研究を始め、1994年言語学専門誌『言語』(大修館書店)にて、無意識下で「(見え)る/(見え)た」などの語形を決定する認識の根本原理の存在を言語学史上初めて指摘する。認知科学の知見を実用化して、アンガーマネジメント・メンタルトレーニングプログラムの開発、観光振興関連コンテンツの開発を行っている。アドマック株式会社代表。日本認知科学会会員。 【著書・著作】 ■『日本語入門 The Primer of Japanese』(1993年富士国際日本語学院・日本語ブックセンター創学社) ■『新しい日本語文法』(大修館書店『言語』1994年12月号) ■『夢色葉歌 ─ みんなが知りたかったパングラムの全て』(1998年新風舎出版賞受賞) ■『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(2011年〜2012年SBS静岡放送ラジオ) ■『パーミストリー ─ 人を生かす意志の話』(2013年アドマック出版) ■『日本語の迷信、日本語の真実 ─ 本当の意味は主観にあった』(2013年アドマック出版) ■『余ハ此處ニ居ル ─ 家康公は久能にあり』(2019年静岡新聞社)

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