戦争の原因は一人ひとりの心にあります。

「家に帰って家族を愛してください」

かつてマザー・テレサが言ったことばです。

「戦争をなくすために私たちに何ができるでしょうか?」と質問されてその言葉で答えたんだそうです。

1979年にノーベル平和賞を受賞したときに記者がそうインタビューしたので、マザー・テレサはそのように、「家族を大切にしてください」と答えたというのです。

「家族のことと、世界平和のこと、どう関係があるんだ? マザー・テレサはあまりに大きな質問をされて答えようがなくて、適当にそんなことを言ったんじゃないか?」

そんなふうに考えるのは間違いです。

マザー・テレサという人物については、活動していたインド現地のヒンドゥー教徒らから「聖人の皮をかぶった明らかな悪人だった」とされてきており、良い評価だけをもって見ることはできませんが、「家族を愛して」という言葉、この言葉だけは“人類の真実” を言っていると思います。

戦争はそもそも “自己防衛の産物” です。

「自分たちがイヤな思いをさせられてしまう。なんとしても避けたい。自分たちの国や家族を守りたい。そのためにあの敵を叩かなければならない」

二国間に戦争が起こるのは、二国が二国とも、互いにまったく同じ、あるいはほとんど同じように、「相手は敵だ」→「叩かなければならない」と考えることによるものです。

「敵を叩かなければならない」

この考え方は、私たち一人ひとりの脳にある防御本能に始まるものです。叩かなければ自分がやられてしまう、しっかり叩き返して敵が脅威にならないようにしたいという本能的な衝動です。

その衝動をつかさどる脳の部位が扁桃体です。

扁桃体は、やる気を起こすという、気力に関わる大事な役目を負っていますが、同時に、イヤなことがあると「ムカっ!」「イラっ!」「カーっ!」という衝動を起こします。

この衝動のままに行動に出たり、相手が嫌がる言葉を浴びせたりすると、人間関係は悪い方に向かうのです。

扁桃体は暴走しやすいということになるのですが、それを抑えて「マネージメント」をする部位もあります。

脳の一番前にある前頭前野です。

前頭前野は、「相手は決して敵ではない」と想定して、相手を本当の敵にしないために「今からできること」を考えます。

「どうやったら相手の心の声を聞くことができるだろう?」

そう考えて、相手の心の奥の方にある「心の声」を聞こうとするのです。

「ああ、この人はこんなふうにされるのがイヤなんだな」
「なるほど、この人にはこんなふうに接してあげれば安心するんだな」

というようなことを、時間をかけ、日数や年月をかけて、少しずつわかるようにしていきます。

「そんな時間はない! 今すぐ何とかしてやりたい!」
と考えるのは、扁桃体の要請によるものです。

脳の中でも、扁桃体はどんな動物にもある原始的な衝動を司りますが、前頭前野は進化した人類が割合として一番多くもっている部位です。

私たち人類は、進化とともに前頭前野が大きく発達してきました。

だから、人間らしさというものも、前頭前野にあるんです。

「そりゃ誰だって頭にくるよ。はっきり言ってやればいいよ」
というのは扁桃体の要請によるものですから、人間らしさではありません。

人間らしさというのは、

「それは大変だったね。そんなこと言われたらボクも頭にくると思うよ」
と、相手の感情に寄り添うこと。相手の心の声を聞いて同感だと伝えることから始まります。

しかしそのあとに「はっきり言ってやればいいよ」と対決を促すことは扁桃体の要請を満たしてやることになる話です。その先には憎悪や怨恨が待っていて、ぶつかることをぶつかるままにしておくことで、互いに、あるいはどちらか一方が、精神的に病んでしまったり、さらに悪ければ、殺人や放火、ストーキングなどの刑事事件へと向かいます。方向としては、そのような取り返しのつかない方向へと向かうのです。

そんな方向に行かないようにするために、私たち人間には「人間らしさ」を生み出してくれる進化した前頭前野があります。

自分に対してとても頭に来ている人が目の前にいて、睨みつけてきたり、イヤな言葉を浴びせてきたり、あるいはこれ見よがしに大きな音をたてたり、物を投げつけてきたり、掴みかかってきたりするというような状況にあったとして、「今から自分にできることは何だろう?」と考えることが、前頭前野の仕事です。

自分にそこまで不快感をあらわにしている相手、怒りに震えている相手に対して、前頭前野がまずできることとは、「相手がどうしてそこまで怒っているのか?」という「相手の心の声」を聞くことです。

普段は怒らないという人なら、よほどのことがあったに違いないと考えなければなりません。

普段からキレやすくて、いつも怒っているという人なら、そのような性格は誰でも持ちたくないものですから、それなのにそんな性格を持たされて生きているという、相手のハンディキャップを考えてあげなければなりません。(誰でも、自分の性格は、自分で選べないのです

私たちには、相手の心の声を聞くことができるのです。それができるのは、私たちが人類だからです。どんな動物よりも発達した前頭前野をもっているからです。

そのような優れた前頭前野を活用せず、ただ扁桃体の衝動にまかせて生きている人は、人間性で劣る人ということになります。

私たちは誰でも、自分が人間性で劣るような生き方をしたくないと考えています。

できることなら前頭前野をフルに使って、人間らしく、人間として尊敬される生き方をしたいと思っています。

戦争の原因は、人間が「防御」を大義名分に、扁桃体の衝動にまかせて相手を叩こうとすることで起こります。

ただ闇雲に「戦争反対!」を唱えていれば戦争がなくなるわけではありません。

「戦争反対!」と声を上げるだけの資格があるのかどうか。

「誰々が悪い!」と言ったり思ったりする人にはその資格はありません。

家族や他の人に「ああすべき!」「こうすべき!」と要求するばかりの人にもその資格はありません。

相手の心の声を聞く努力をしていない人にも、その資格はありません。

「自分が絶対正しい!」と言ったり思ったりする人にも、その資格はありません。

Akira Okitsu
1960年6月静岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。語学教育と教員指導の経験から、脳科学・心理学・言語学からなる認知科学の研究を始め、1994年言語学専門誌『言語』(大修館書店)にて、無意識下で「(見え)る/(見え)た」などの語形を決定する認識の根本原理の存在を言語学史上初めて指摘する。認知科学の知見を実用化して、アンガーマネジメント・メンタルトレーニングプログラムの開発、観光振興関連コンテンツの開発を行っている。アドマック株式会社代表。日本認知科学会会員。 【著書・著作】 ■『日本語入門 The Primer of Japanese』(1993年富士国際日本語学院・日本語ブックセンター創学社) ■『新しい日本語文法』(大修館書店『言語』1994年12月号) ■『夢色葉歌 ─ みんなが知りたかったパングラムの全て』(1998年新風舎出版賞受賞) ■『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(2011年〜2012年SBS静岡放送ラジオ) ■『パーミストリー ─ 人を生かす意志の話』(2013年アドマック出版) ■『日本語の迷信、日本語の真実 ─ 本当の意味は主観にあった』(2013年アドマック出版) ■『余ハ此處ニ居ル ─ 家康公は久能にあり』(2019年静岡新聞社)
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