要求されるのが社会人。でも?

ここ静岡市は伝統的に優しい人が多く、社会人になってもさほど厳しい要求はされないように感じます。

なぜそう感じるかというと、私は東京で社会人になり、これでもかという厳しい要求をされてきた経験があるからです。

美大を卒業して、銀座にあるテレビCMの制作会社に就職したんですが、まだ入りたてのころというのは、上司や先輩たちから、毎日とても厳しい指導がありました。

あいさつのしかたや上下関係など、業界での様々な常識を身につけることから始まって、専門的な知識や技術はもちろん、あらゆることについての効率的な仕事のしかたや事務手続きのことなど、毎日これでもかというくらいに、覚えるべきことが雪崩のように押し寄せていました。

ちょっとのミスでも「馬鹿野郎!」としっかり罵倒され、「田舎へ帰れ!」と言われることも度々ありました。

ある日、使い走りで届け物をして会社に戻ってきたとき、上司から「お前はちゃんと電車の中を走ってきたか?」と言われたことがありました。

ちょっとびっくりしてしまい、「電車の中で走るんですか?」と聞き返すと、「向こうの事務所からは電車の最後尾に乗っただろ? こっちで下りるときは一番前の出口から駅を出るだろ? 電車を降りてからホームを走っても遅いだろ?」と説明されました。

確かに、言われた通りでした。それが効率よく、無駄なく働くことになるんです。もっとも、それを絶対にやれということではなかったのかもしれませんが、仕事ではそのような厳しい要求をされるのが当たり前のことだと教えられてきたものです。

広告宣伝の業界ですから、世の一流企業といわれる広告主の担当部署以上に、電通や博報堂などの大手広告代理店の人たちとも一緒に仕事をします。

昨年は、電通の若い女性社員が過労で自殺するという事件がメディアを騒がせていましたが、彼女を押しつぶしてしまった「要求」というものを、私も三十年以上昔に経験してきたわけです。

それなのに、昔は若い女性が過労で自殺するなどといった悲惨な事件はなかったように思います。

三十数年昔と今とを比べれば、おそらく昔の方が若い働き手への「要求」はきつかったのではないかと思われるにも関わらず、どうして今はこんなにも精神疾患が問題になってきているんでしょう?

その答について、当教室のアンガーマネジメント本講座を紹介するためのダイジェスト版で、ひとつの仮説を提示して、皆さんに考えてもらっています。

その仮説とは、「要求は昔のほうがきつかった。しかし、昔は今よりはるかに理解があった。理解者が必ずいた」というものです。だから昔のほうが孤独に苦しむ人が少なく、精神疾患も少なかったのではないかという仮説です。

私はこれが間違いのない事実だろうと、自分のしてきた経験からそう信じています。

1980年代の真っ只中、経済成長はまだまだ続くという好景気の中、給料が少ないとはいっても「金は天下の回りもの」を実感でき、どんなに深夜からでも、同僚たちと睡眠を削ってでも飲み歩いたものでした。

人と人、仲間と仲間が、今の日本社会からは想像できないぐらい密に接してぶつかり合い、ひとつの価値観を共有することに一生懸命だったのです。

目上から目下には命令形であれこれ命令するのも当たり前で、目下の者がそれを恨むこともなく、無理難題を投げかけられても必死でもがけば、いつしか回りに助けられて達成感を共有しているという、そのように濃い人間関係がありました。

聞かれたくないことにも答え、答えたくないことでも聞き出そうとして、心と心がぶつかり合って、互いの理解が深まっていきました。

今の時代に、そのような「理解」はあるでしょうか?

今の時代、「理解」そっちのけで「要求」ばかりになってないでしょうか?

年寄りからそんな昔話をされてもねぇ、昔と違って冷たい人間関係になったのが悪いと言いたいんだろうけどね、じゃあどうやって昔に戻すのよ? 社会も人間も変わるものでしょう? 変わるのが当たり前なのに変えたくないって、ただのワガママじゃないんですか?

そんな声も聞こえてきそうですが、実際その通り、「昔に戻す」は無理なことだろうとは思います。

社会全体の風潮を昔に戻すのではなく、今、誰でもできることとして、あきらめていた「理解」に向けて、ほんの一歩から踏み出したいということです。

Akira Okitsu
【興津諦プロフィール】昭和35年6月静岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。認知科学研究、語学教育、文筆活動、アンガーマネジメント・メンタルトレーニング、ウェブサイト、グラフィックデザインなど、共感を得るための広範なコンテンツ開発を専門とする。平成6年大修館書店『言語』誌にて、時制や相に表れる認識の根本原理の存在を世界で初めて指摘。平成24年静岡商工会議所観光飲食部会にて地域資源発掘のためのテーマコピー「余ハ此處ニ居ル」を発案後、久能山東照宮神廟の研究に関わることとなり『季刊すんぷ』を発行。平成27年静岡市公式観光サイトの主要コンテンツ『極楽都市しずおか』を企画制作。アドマック株式会社代表。日本認知科学会会員。 【著書・著作】■『日本語入門』(平成5年富士国際日本語学院・日本語ブックセンター創学社)■『新しい日本語文法』(大修館書店『言語』平成6年12月号)■『夢色葉歌 ─ みんなが知りたかったパングラムの全て』(平成10年新風舎出版賞受賞)■『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(平成23年〜24年SBSラジオ)■『パーミストリー ─ 人を生かす意志の話』(平成25年アドマック出版)■『日本語の迷信、日本語の真実 ─ 本当の意味は主観にあった』(平成25年アドマック出版)■『余ハ此處ニ居ル ─ すんぷ特別版』(平成27年アドマック出版)

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