「愛」の主導権は女性にあって、男性にはありません。

今からもう半世紀以上も昔の1967年に、フランク・シナトラとナンシー・シナトラの父娘が歌って大ヒットしたアメリカのポピュラーソング『Somethin’ Stupid』。『恋のひとこと』という邦題もあります。

(歌詞と訳詞にはそれぞれ著作権があります。)

Somethin’ Stupid (by Carson Parks)

I know I stand in line, until you think you have the time
To spend an evening with me
僕は列に並んで君とデートできるまで順番を待つのさ

And if we go someplace to dance, I know that there’s a chance
You won’t be leaving with me
例えばどこかに踊りに出かけて夜まで一緒にいられたらいいな

Then afterwards we drop into a quiet little place and have a drink or two
こぢんまりした静かなバーで二人でお酒なんか飲めるかも

And then I go and spoil it all by saying something stupid like “I love you”
でも僕はきっとバカなことを口走るんだ「愛してる」なんてね

I can see it in your eyes
That you despise the same old lines you heard the night before
いつかも聞いたようなウソっぽい言葉を君が聞きたくないってこと

And though it’s just a line to you, for me it’s true
And never seemed so right before
君にとってはそんな言葉でも、僕は、今度だけは、まじめなんだ

I practice every day to find some clever lines to say
To make the meaning come through
気の利いたセリフを毎日練習してる 思いが伝わるように

But then I think I’ll wait until the evening gets late and I’m alone with you
焦っちゃダメだ 口にするのは待とう 二人きりになれるまで

The time is right, your perfume fills my head, the stars get red and, oh, the night’s so blue
君の香水が僕を酔わせ、星は赤く輝き、夜は青い

And then I go and spoil it all by saying something stupid like “I love you”
でも僕はきっとバカなことを口走るんだ「愛してる」なんてね

The time is right, your perfume fills my head, the stars get red and, oh, the night’s so blue
君の香水が僕を酔わせ、星は赤く輝き、夜は青い

And then I go and spoil it all by saying something stupid like “I love you”
でも僕はきっとバカなことを口走るんだ「愛してる」なんてね

I love you.
愛してる

I love you.
愛してる

I love you.
愛してる

© Warner/Chappell Music, Inc
訳詞:映画『When I Live My Life Over Again』(ワンモアタイム)より(映画で省略された部分は筆者が追加訳)

この歌が共感されるのは、「愛」の主導権は女性の側にこそあるという、ひとつの真実が、誰にでも実感としてあるからです。

生物学的にも考えてみてください。

精子は突進あるのみ。卵子は無数の精子からたったひとつを認める。そうして命が生まれます。

ちょっと自惚れた男性の中には「自分が選んだ女」みたいなことを言う人がいますが、男性は選べる立場ではなく、あくまでも選んでもらう立場です。

それでも「自分が選んだ」と思い込んでいる男性がいるのはなぜかといえば、それは単に、二人とか、せいぜい三人とか、複数いた女性の中から「選んだ」と思い込んでいるだけのことで、男性が「選ぶ」のはあくまでも相対的な選び方でしかありません。

それに対して女性はどうかといえば、男性が何十人、何百人いようとも、選べるのはたった一人です。その大勢の中から一人も選べないということだってあります。男性にはそんなことは決してないんです。

じゃあどうして女性も浮気したり不倫したりするの? という疑問もあるかもしれませんが、そうした行動は社会の風潮や、頭で考える方の価値観や、脳の異常な判断によるものです。人間は頭で考えることが好きだったりもしますから、自分本来の自然な行動ばかりするわけではないということです。母性本能を否定するかのように子供を殺す母親だっていないわけではないというのと同じです。

女性はたった一人の男性しか選べない。それは卵子の行動を見ての通りです。

となるともう一つの疑問も出てきそうですね。つまり、男性は女性でさえあれば誰でもいいというなら、どうして一人の女性を愛するなんてことができてしまうのかということ。

男性というのは本能的には、女性なら誰でもよくて、やらせてくれるならやらせてもらいます、拒みませんよというようにできているようです。

それでも一人の女性だけを愛するということができるのは、人間の脳にある報酬系のしくみとも関係があるようです。

いろんな女性を相手にしてきて「百人斬り」とか「千人斬り」とかいって自慢したり羨んだりする風潮も存在しますが、そんなことをして本当に幸せになれるかというと、相手にした女性の数と幸福の度合とは全く比例もしないし、相関関係などないだろうことです。

おしどり夫婦というのは昔から尊敬や羨望の対象です。それを哀れんだり蔑んだりすることは社会が許しません。

人間は社会性を本質として生きるものです。社会的に信頼されることは、誰にでも最優先の課題ですから、けしからん本能をもった男性だからといって、本能のおもむくままに生きている限り、人から信頼はされないんです。社会の監視システムがそのようにできているんです。

Akira Okitsu
1960年6月静岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。語学教育と教員指導の経験から、脳科学・心理学・言語学からなる認知科学の研究を始め、1994年言語学専門誌『言語』(大修館書店)にて、無意識下で「(見え)る/(見え)た」などの語形を決定する認識の根本原理の存在を言語学史上初めて指摘する。認知科学の知見を実用化して、アンガーマネジメント・メンタルトレーニングプログラムの開発、観光振興関連コンテンツの開発を行っている。アドマック株式会社代表。日本認知科学会会員。 【著書・著作】 ■『日本語入門 The Primer of Japanese』(1993年富士国際日本語学院・日本語ブックセンター創学社) ■『新しい日本語文法』(大修館書店『言語』1994年12月号) ■『夢色葉歌 ─ みんなが知りたかったパングラムの全て』(1998年新風舎出版賞受賞) ■『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(2011年〜2012年SBS静岡放送ラジオ) ■『パーミストリー ─ 人を生かす意志の話』(2013年アドマック出版) ■『日本語の迷信、日本語の真実 ─ 本当の意味は主観にあった』(2013年アドマック出版) ■『余ハ此處ニ居ル ─ 家康公は久能にあり』(2019年静岡新聞社)

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