足をぶつけるなどして「痛い!」と感じることと、嫌なことを言われて「ムカッ!」とすることというのは、どちらも脳の反射です。
「ムカッ!」とか「イラッ!」とか「カーッ!」というのは怒りの反射ですが、反射というのはもちろん反射的に出てしまうものなので、防ごうと思っても防ぐことができません。もしできるとしても、たとえば相手が自分に嫌なことを言ってくることを事前に予測しておくなどの対策法になりますが、全てを予測することもできませんし、予測できていても反射が出てしまうということがあります。
怒りの情動で問題になるのは、反射の後の思考です。これを【怒り思考】と呼んでいます。
怒り思考が強いと、いつまでも怒り続けることになります。
また、同じことを言われても怒り思考にならない人がいる一方で、それより軽く些細なことであってもすぐ怒り思考になってしまう人がいます。個人差は小さくないようです。
たとえば、常に相手に優位でいたいという人は、その思いが強いほど、相手からマウントを取られたときに怒り思考が強くなります。
偉そうにされても一向に意に介さないという人は、何を言われても、どんな態度をされても平気です。それは自分自身の方がそもそもマウントを取りたいなどとは思っていないからでしょう。
自分の考えを否定された、自分のやり方や価値観を否定されたなど、自分の考え、やり方、価値観などを守りたいと思う気持ちが強い人ほど、相手による否定には強い怒りを覚えます。
怒りが「防衛本能」といわれるのは、このような「守りたい」を否定されたり無視されたりしたときに怒りの情動が出てしまうからです。
「守りたい」という「防衛」とは、「否定してほしくない」「尊重してほしい」「無視されたくない」などの【要求】(願望、希望など)でもあります。
この【要求】が強ければ強いほど、否定や無視に対する怒りが大きくなります。
怒りの反射が出て、その後で怒り思考が始まってしまってなかなか終わらないとか、怒り思考によって怒りがますます大きくなっていくというときには、自分の【要求】が何なのか、冷静になって特定することも有効です。
【要求】が特定できたら、その【要求】が本当に大切なものなのか、相手との人間関係をぶち壊しにしてまで必要な【要求】なのか‥‥ということを振り返って考えてみてもいいでしょう。
「マンゴー好きなんですよ、ちょっと高いけど」
「マンゴー? あなた、あんなものが好きなの?」
「(ムカッ!という怒りの反射)あんなもの?」
「ちょっと田中さん、この人にマンゴー買ってきてくれる? 好きなんですって」
「(馬鹿にされている! 最悪な気分だ! マンゴーが好きで何が悪いんだ! この人はなんでこんなに偉そうなんだ!)」
このときの【要求】は‥‥
「自分の好みを馬鹿にされたくない」「自分の好みを尊重してほしい」
「できれば儀礼としてでも同意してほしい」
「偉そうにされたくない」「食べ物の好みぐらいでマウントを取られたくない」
‥‥というところでしょうか。
このように、自分の【要求】が何なのか、自分が何をそんなに守りたいと思っていたのかを冷静に振り返ることができれば、怒り思考に陥ってしまうことも少なくなるはずです。
ところがもしここで自分に生じた怒り思考を止めることができず、増幅してくる怒りを相手にぶちまけてしまったらどうなるでしょうか?
「マンゴーが好きで何が悪いんですか? あなたは何が好きなんですか? マンゴーだってずいぶん上等な果物じゃないですか? 夕張メロンが好きとか言えばよかったんですか? あなたこそ何が好きなんですか? さぞかし上等なものがお好きなんでしょうね?」
こんなふうにぶちまけて、相手がきょとんとしている場面を想像してみてください。
「あらあら、何がそんなにご不満なの? あなたがどうしてそんなに怒っているのか私には皆目わからないんだけど、もうすぐマンゴーが届くからそれでも食べて気を落ち着けてくださいな」
こんなふうに言われるぐらいで済むのなら相手は十分な人格者だったということで怒りを取り下げておくべきでしょう。
しかし【要求】がとても強かった場合には、そんなふうに言われて怒りはますます大きくなるかもしれません。
「ふ、ふざけるな! 偉そうに! お前ごときにバカにされるほどこっちは落ちぶれちゃあいないんだ! 表に出ろ! ぶちのめしてやる!」
ここで警察がやってきて逮捕。取調室です。
「何がそんなに頭に来たんです?」
「だってあのババア、偉そうに、完全にこっちをバカにした態度取りやがって、許せるわけがないだろ?」
「あの人が何か法に触れるようなことを言ったりしたりしたんですか?」
「‥‥そ、それは‥‥」
「法に触れてるのはあなたなんですよ。殴ってやると言って腕を掴んだんでしょう?」
怒りが収まらないどころかますます大きくなって、最後に掴みかかってしまったという、これはあくまでもたとえ話ですが、現実にもこれと同じようなこと、似たようなことはあちこちで起きています。
つまり、法にも触れていない、大して悪くもない相手に激昂したために犯罪の容疑者になってしまうということです。
どうしても怒りが収まらなかったとしても、せいぜい大声で怒鳴りつけるぐらいにしておけばよかったわけです。もちろん、怒鳴りつければ相手との関係は終わる可能性が高くなりますから、それでもかまわないという場合に限られますが。