怒ってもらえて良かったということがある

どうしても怒らなければならないことというのは、実はそう多くはないようです。

そもそも怒りやイライラの感情というのは、脳の反射です。

脳の反射がどうして起きるかといえば、それは自分の自我の問題で、自分がどうしても守りたい、どうしても通したいと思っていることが邪魔されたり壊されたりした時に、それに対する反射として怒りの感情が起こるんです。

要するに、「怒りは自我のため」ではあるんですが、ここで注意しておきたいのは、「自我のため」だからといって、全てが「わがままのため」とか「自己中だから」というわけではないということです。

「自我」というものには、人それぞれに「守備範囲」というものがあります。

その「守備範囲」が、すごく単純に「自分ひとりだけが得する範囲」だったりすると、そこから生じる怒りも「自分ひとりだけのための怒り」にしかなりませんが、もしその「守備範囲」が、「自分の愛する人を守りたい」という範囲であったり、「自分の尊敬する人を尊敬しつづけたい」という範囲であれば、それはもう「自分ひとりだけのため」ではありません。

そのように、「守備範囲」が「相手のため」であれば、「相手を守りたい」という自分の強い要求が邪魔されたり壊されたりすることでも「怒り」が生じます。

そのような怒りを、守りたい相手に対して向けるということがあります。もしそこで怒りを向けられた相手が、「ああこの人は私を守るために怒ってくれたんだ!」とはっきり感じることができれば、その怒りは相手が受け入れてくれるものになるでしょう。

一番わかりやすい例をあげれば、高いところで危ないことをして遊んでいる子供に対して、親が大声で、「ダメ! すぐやめなさい!」といって怒るケースです。

急に大声を出されて子供はびっくりするでしょうけれども、(状況の詳細によって一概にはいえませんが)それで親が嫌いになったりすることもないでしょう。

Akira Okitsu
【興津諦プロフィール】昭和35年6月静岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。認知科学研究、語学教育、文筆活動、アンガーマネジメント・メンタルトレーニング、ウェブサイト、グラフィックデザインなど、共感を得るための広範なコンテンツ開発を専門とする。平成6年大修館書店『言語』誌にて、時制や相に表れる認識の根本原理の存在を世界で初めて指摘。平成24年静岡商工会議所観光飲食部会にて地域資源発掘のためのテーマコピー「余ハ此處ニ居ル」を発案後、久能山東照宮神廟の研究に関わることとなり『季刊すんぷ』を発行。平成27年静岡市公式観光サイトの主要コンテンツ『極楽都市しずおか』を企画制作。アドマック株式会社代表。日本認知科学会会員。 【著書・著作】■『日本語入門』(平成5年富士国際日本語学院・日本語ブックセンター創学社)■『新しい日本語文法』(大修館書店『言語』平成6年12月号)■『夢色葉歌 ─ みんなが知りたかったパングラムの全て』(平成10年新風舎出版賞受賞)■『興津諦のワンポイントチャイニーズ』(平成23年〜24年SBSラジオ)■『パーミストリー ─ 人を生かす意志の話』(平成25年アドマック出版)■『日本語の迷信、日本語の真実 ─ 本当の意味は主観にあった』(平成25年アドマック出版)■『余ハ此處ニ居ル ─ すんぷ特別版』(平成27年アドマック出版)

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